ぼっちの愉快な人生観! と嘆き

ーぼっち・顔面弱者の「気休め」と「娯楽」の場ー

『ドッジボール』とかいう遊びも人の性格出るよな。

 

『ドッジボール』って、学生時代の時やってきた人がほとんどでしょう。

てか、学校というところに行ってれば、ほぼ100%開催されるし。

特に小学校とか、強制的にでもドッジボールをやらされたハズ。

 

そこで本題。 筆者はふと思ったのだ。

今考えてみると、ドッジボールも人の本性・性格が出るよなって。

 

遊びの中での『欲望』

 

特にヤバイのが、男女混合でドッジする際の女子。

あれはヤバイと思う。

男子と一緒になってるわけだから、「男に守ってもらおう」とか「好きな男と一緒にいたい」とか「あいつを盾にしよう」とか「女子力出さないと」とか「自分可愛いから当てないでね」とか。

それが前提で遊びに参入するのが女。

まあ、男も女にいいところ・カッコイイところを見せようって奮起するんだけど。

 

それに、男の方は女子への対応に困る。

日頃から一緒に仲良くしてる女子意外だと、「ボールを当てないようにする」「優しく投げる」などと、男は気遣いをしなければいけない。

そうしないと、後々面倒だから。

そのため、日頃から女子への接点がない男はドッジボールを経て、関係が悪くなる可能性が高い。

「あいつはああいうヤツ」というのを広められる。非常に面倒くさい。

 

表面上はドッジで遊んでいるけど、内心はドロドロしてるところがあると思う。

※3分52秒 「なんでだよっ!」

 

それでも楽しいのがドッジ

 

陰キャはともかく、それ以外の人は大概ドッジボールが好きだし、楽しんでやってるでしょう。

嫌いな奴に攻撃できる快感を含めてな。狙いは「顔面」。

 

 

「ブサイク」として生まれてくると、必ず起こるムカつくこと。

 

ブサイクとして生まれた人、今もブサイクとしてある人なら、痛いほどわかると思います。

『ブサイク』として生きていくことの大変さを。

 

今回は、ブサイク』として生まれてくると、必ず起こるムカつくことを書いていきます。

 

 

1:顔のことを言われる

 

まず、第一にこれでしょう。

『ブサイク』として生まれてきたなら必ずあること、そして避けては通れないのが「顔のことを言われる」 ということ。

ブサイクでいる限り、どこへ行っても言われ続けると思います。

※代表的な言葉が「キモイ」「気持ち悪い」。

 

イケメンが日々顔のことで褒められるのとは反対に、ブサイクは顔のことで悪口陰口言われる日々なので、自身も無くしやすいし、ストレスも溜まります。

ここで卑屈になれば、さらに周りから追い打ちをかけられてしまうので、ブサイクは本当に大変ですよね…。

 

 

2:見下される

 

何においても、周りから下に見られるのもブサイクには必ずあることです。

下に見られてるからこそ、いじられたり、ハブられたり、笑われたり、いじめを受けるわけです。

また、「顔」という素材だけで「あいつ嫌い」と決められてしまうのも、ブサイクにはよくあることです。

もう、ブサイクの時点で自動的に、底辺層の人間にランクインしています。

 

それに、ブサイクの場合は自分の地位が上昇しにくくあります。

ブサイクは他の人と比べて雑に扱ってもいいという風潮はあるし、ブサイクが目立つようなことを許さない人間は多いものです。

周りの人間からすれば、「ブサイクは一生、ダメ人間でいろよ」という念があるわけです。

ブサイク本人の立場からすれば、それは理不尽だし凄く腹立たしいことです。

「お前らには関係ねえよ」と罵声したいところですけど、それを言ったりすれば、余計悪い状況になってしまんですよね…。

 

 

3:女性が敵視してくる

 

これも「ブサイクあるある」なハズです。

ブサイク男の場合、女性に対して何もしてなくても、向こうから勝手に嫌ってきます。

「近寄ってくるな!キモイ!」 と。

今もブサイクでいる男性は、学生時代なり、職場なり、女性から嫌われることを経験してるいんじゃないですか?

じゃあ、なぜブサイク男は、女性からこんな待遇を受けるのか―――?

 

学生とか若い女性は皆、かっこいい男「イケメン」の男と付き合うことにときめいてると思います。

また、将来的に女ならば「結婚」や「出産」。人生の大きいイベントとして抱えているので、それを考えたら男を見る目が厳しくなるというわけです。(あと、他の女どもと差をつけるためにも。マウンティングとかね)

そのため、男の中でも優れている男が「恋愛(結婚)対象」に入り、それ以外の劣っている男には興味が無いわけで、体の関係を考えたら「生理的に無理」ということになるんです。

だから、劣っている男の中でも特にブサイクには、「自分のとこには来んなよ」と敵視するんです。

特に男の外見に拘っている女、カースト制度で上位にいる女ほど、ブサイクに対しヒステリック並みに拒絶反応します。

 

また、「男性」と「女性」が対立した場合、社会的に不利になるのが圧倒的に「男性」の方。

「ブサイク男」ならさらに不利。

法律も人も、「女性」の方を優先的に味方します。ブサイク男に味方する人間は、ほぼいません。

 

ブサイクの男からすれば理不尽極まりないし、好きでブサイクに生まれてきたわけじゃないのに、この扱いなので辛いですよね。

まあ、この辛さも周りからは分かってもらえないので、さらに辛いというわけです。

 

 

 

見た目が悪くて嫌われてた時は、内心キレそうになってた。

 

僕、筆者は見た目が悪いです。

「太ってる」「不潔でいる」とかそういうのじゃないです。

 

当然、見た目が悪かったために嫌われていました。

タイトルにあるように、見た目が悪くて嫌われてる状況にいたので、周りの人間が僕の悪口・陰口を言っていた時は、内心キレたかったです。

 

嫌われ者の僕だって、人間の感情「喜怒哀楽」があります。

だから、悪口を言われてた時はもちろん、悲しかったし、怒りもありました。

今でもふと、怒りが湧き上がることがあります。

心の傷は一生ものなんです。

 

でもそんな中、僕は立ち向かうことはできず、ずっと我慢するだけでした。

なぜそうしたか?

 

だって、外見が悪い者は、立ち向かったって無意味だから。

 

 

世の中は、『イケメン・美人は正義』で、『ブサイク・ブスは悪』である風潮があります。

イケメン・美人は何をしても良くて、ブサイク・ブスがするのは許されないことが多いのです。

 

代表的な例えを言うと、『ブサメンが可愛い子に告白をする』 というもの。

 

僕みたいな外見の悪い人間が、イケメン・美人に対して、

『僕のことそんなふうに言うな! 勝手に決めつけるな! 僕のなにを知っているんだ!!』

と、言ったところで何にもなりません。

 

外見が悪い者は、はじめから外見が良い者には勝ち目なんてないんです。

ブサイク・ブスの人間が、イケメン・美人を罵倒するば、即座に『悪者』になります。

 

逆に、イケメン・美人がブサイク・ブスをいくら罵倒したところで、『悪者』になんかなりません。

イケメン・美人がブサイク・ブスをいじめ続けても、罪に問われることもありません。

 

 

そう世の中は、『不条理』でできています。

 

その『理不尽』『不条理』さから、憎しみが生まれるんです。

僕自身、もうとっくにこの世の中を怨んでます。性格も歪んでます。

相手に何もしてなくても、理不尽に叩かれてきた分、やり場のない怒りが溜まっているんです。

 

人が多くいる場にいると、いつもそんな感じなので、だから僕は人の中で生きていません。

 

人の中にいても、見た目から入って突き放されるし、

孤独でいるほど、人の輪を見た時、憎しみが湧いてきます。

 

正直学生でいた時は、イライラしてしょうがなかったです。

このことから、もう積極的に人の中には行かないと決めました。

 

僕にとって、人の中に行くことにメリットがほぼありません。

このまま社会に働きに行っても、「生活のため、お金を稼ぐためだけに働く」という目的で、生きることになります。

 

そんな生活に幸せはないだろうし、今やっている「動画視聴やゲームをする」ことを省いて、生活のためだけに働きに出るくらいなら、「ニートでいいわ」 

って感情があります。

 

ほら、歪んでるでしょ。

 

 

「人の中」では生きられないから、隠れて生きている。【ニート】

 

筆者こと僕は、数年前からニート。

ニートになる前は、高校を出て専門学校に入り、そこを卒業しています。

そして、「引きこもりニート」になりました。

 

学校に通って卒業までしたにもかかわらず、ニートになっている。

単純に考えて普通じゃない。

 

そう、僕は学校生活で普通じゃない暮らしを送ってきました。

 

 

 

 

❚嫌われ体質の人間

 

僕、筆者のことを簡単に言うと、『嫌われ者』なんです。

その原因は何かと言うと、『見た目』。

 

僕の外見は「普通」というラインから離れてる、異質な容姿の持ち主なので、単純にそれが原因で嫌われやすかったのです。

なんか、みんなが想像しやすい『キモオタ』のような外見とはまた違う容姿です。

 

中学の前半までは、まだ普通に学校生活を送れていました。

ですが中学の後半からは、クラスの人が僕のことを見て、

「あいつヤバくね…」という目で見られることが多くなりました。

それに合わせて僕の容姿に対して、悪口陰口を言われる日々になっていったのです。

 

それがクラスの人間だけじゃなく、同学年や後輩からも見下され、笑われたり、悪口を言われるようになりました。

 

実際僕自身、自分の容姿も含め、性格に関しても『コンプレックス』だらけだったんです。

だから、自分のことが嫌いでいました。

 

そんな感情を引きずりながら、なんとか残りの中学生活を過ごし、高校からは心入れ替えて、楽しい学校生活を送れればいいなと期待しながら、高校に入りました。

 

ですが、現実は残酷でした。

 

 

❚社会人に近づくほどに地獄になった

 

正直、中学の時でも大変でしたけど、高校生になった後がもっと大変でした。

高校生活の時と比べると、中学校の時は幸せでした。

 

高校生になった後でも、依然僕の容姿は「普通」じゃなかったので、

入学後、クラスの数名の人から、すぐに嫌われました。

あからさまに嫌ってくるのは、スクールカーストで上位の人間。

 

入学後数日の間でも、「あいつはヤバイ」という反応をされ、悪口陰口を言われるようになりました。

 

正直ショックが大きかったけど、それでも、いつかはきっと自分の待遇が良くなると信じで、学校に通い続けました。

 

その結果。

クラス・学校のほとんどの人間から、嫌われました。

完全に『嫌われ者』という立ち位置になったのです。外見から入って。

 

幸い直接的な『いじめ』は、受けていませんでした。それが救いです。

ですが、容姿に対して悪口を言われるのと、それに関して自分自身も悩みだったので、学校生活では気持ちが休まることはありませんでした。

 

自分が嫌われながらのクラスの人と対面しながらの生活だったので、毎日学校に行くときや教室にいるときなんかは、緊張してばかりの日々でした。

下手に目立つような行動を起こせば、それこそ学校にいられなくらなるんじゃないかという恐怖心もありました。

そういうのが一定期間とかではなく、ほぼ毎日だったので、精神的な負担が積み重なっていくばかりでしたね。

 

ちなみに、友達はいたかというと―――、

いませんでした。というよりできなかった。

 

最初はまだ接してくれる人がいたんですが、その生徒に僕のことを嫌っている生徒が、普通に僕の悪口を吹き込んでいたんですよね。

だから、僕に接してきてくれた人が内心、僕のことをどう思っているのかわからなくて、それが怖くて自分から距離を取っていました。

 

自分の味方もいない。孤立した状態での日々生き残る戦い。

今振り返ると僕は、ストレスまみれの高校生活を送っていました。

 

そして、この高校生活の在り方は、専門学校に行った時とそのまま同じでした。

専門学校に行った後でも、自分の待遇は何も変わりませんでした。

 

 

❚そんな中で学校を出れた理由

 

僕の青春はボロボロです。

正直、何度も学校を辞めてしまいたいと考えていました。

 

ですが、それでもねばって、「卒業」までこぎつけました。

そうできたのは、僕には『夢』があったからです。

 

どういった『夢』なのかは、恥ずかしくて語れませんが、その『夢』を追いたいという気持ちから、

「学校はでなきゃいけないよな」と考え、踏ん張ることができました。

もしそれが無かったら、僕はとっくにニートになっていました。

(今現在はニート継続中で、夢もあきらめてますが…。)

 

その、自分の『夢』を現実にしたい気持ちが、自分の支えになっていて、専門学校まで行き卒業までしました。

 

「なぜ専門学校に行った?」

と思うだろうけど、それは単に自分が「大学」に行ける頭が無かったからです。

 

 

❚学校というものを出た後の自分は?

 

学校を出れば、今度は社会人として就職することになっています。

それが規則みたいなものです。

 

ですが、僕は就職しませんでした。

就職活動すらしていません。

 

なぜしなかったのか?

その理由は単純。

僕のような人間は社会で上手くやっていけないと分かっているから。

そう言える理由は、過去にあげた記事に書いています☟

 

 

❚こんなことになったすべての原因は『見た目』のせい

 

20歳を超えて、ニートを続けてきて分かったこと。

それは、『人間は外見で決まる』ということ。

 

学校生活で僕のことを嫌ってきた生徒は、僕の外見が嫌いな思いから、僕の全てが嫌いでいたんです。

だから、その嫌ってきている生徒に僕が何をしても、嫌いなまま。何をしても無駄ということ。

 

それは大人になった後でも変わらないはずです。

人は見た目。

 

この結果から、僕は人と接するようなことは避けて、隠れて生きていくことになりました。

 

「人前に出てどうすんの? こんな見た目で?」

「社会人として、うまくやっていけるわけないじゃん。こんな見た目で…」

「どうせ会社に入って、働くなんてできるわけないよね、自分みたいな奴は…」

という気持ちが強くあります。

 

 典型的な『社会不適合者』が今の僕です。

 

今の僕は過去のことを引きずってもいるし、今後の未来に対しても、不安は強いです。

でも、「どうせ自分じゃどうにもならないよね?」 というあきらめの気持ちもあります。

 

外見が悪い者は、自分の未来に対してポジティブに考えるだけ無駄。

それは、実際に僕自身経験して分かったことです。

 

じゃあ、その逆。

世の中、外見が良い方が、ずっと良い人生を送れることが決まっています。

 

だって、人間は見た目だから。

 

 

『誠実なブサイク』と『怠惰なブサイク』 どちらも同じ扱いを受けている。

 

顔が良い人間で、「バカな奴」と「頭の良い奴」。

どっちも人気があると思うよね。

イケメン・美人なら、どの層の人間性でもモテてるだろう。

 

じゃあその逆。

顔が悪い人間はどうか―――?

 

結論。

「ブサイク」は大概、どういった人間性でも、周りから同じ扱いを受ける。

 

怠惰なブサイク

 

『怠惰なブサイク』

これは誰もが嫌う生物だろう。

「清潔感がない・私生活がだらしない・頭が悪い・性格が悪い・運動神経が悪い・周りへの配慮がない・変な癖を持っている」など。

 

大抵、「人から嫌われる」特徴をいくつも持っているのが、怠惰な人間だ。

こういうヤツに限って、変に頑固だったり、こだわりがあったり、とにかく性根がクソ。

そこに「ブサイク」がプラスされてると、真っ先に「死ね」という言葉が出てくる。

 

『怠惰なブサイク』は、もはや存在価値はないのだ。

 じゃあ、『誠実なブサイク』の方はどうなのか―――?

 

 

 誠実なブサイク

 

正直、誠実であろうが『ブサイク』という時点で、良い評価はもらえない。

その、真面目さが相手をイラつかせる可能性があるからだ。ブサイクならなおさら。

それに、頭が良いとか運動ができるとか、そういう能力を持っていても相手にしてもらえないじゃないだろうか?

実際、そうだと思う。

 

筆者が見てきた限りでは、みんなそんな感じだった。

例えブサイクでも、能力がスゴイ人はたくさんいる。

でも、彼らがみんなからの注目を集めたり、持ち上げられることはあまり見たことがない。

 

スゴイ能力を持っていても、嫌われる人間は嫌われる。

それが、『顔』の在り様で無理と思われると、その瞬間に嫌われるのだ。

そうなれば、相手にされなかったり、いじめを受けやすくなる。

 

ブサイクが下手に周りの人より能力を持っていると、敵視されやすいし、自分にとっての敵ができやすい。

「なんであんな奴が…、ブサイクのくせに調子に乗るんじゃねえよ」

「あいつウザいから、潰してやろうぜ」

という感じに。

 

 

人間が好む人間

 

みんなの本音は、『顔が良くて、スゴイ人』という人間が好きなのだ。

そういうスゴイ人と一緒にいられるだけで、自分もスゴイ人間でいるんだという優越感に浸れるから。

 

ブサの中でも、スゴイ人はたくさんいる。

だが、世の中で騒がれるのは、まず『顔が良い人間』。 

評価を受けやすいのは、イケメン・美人。

『顔』の良し悪しの時点で、差は歴然。

 

だれが人が良くて優れている人間なのかは、その正解を適切に当てることは「人間」にはできないのだ。

『外見』で判断する生き物なんだから。