ぼっちの愉快な人生観! と嘆き

ーぼっち・顔面弱者の「気休め」と「娯楽」の場ー

【PDS:ダンテ】腹話術人形マイキーをトレースしてみた。(モノクロ)

 

使用したのは『クリップスタジオPRO』。

黒くあるのは、漫画のトーンツールを使ったためです。

トーンの在り様が、気持ち悪い模様になってるのは申し訳ないです。

 

このブログで張った絵の方が、動画の方よりも見やすくなっています。


『顔面弱者』として生まれてきた時点で、もう終わりだよな。

 

 

『顔面弱者』

つまりは、イケメン・美人~フツメン以外の、顔の在り方が悪い者たち「ブサイク・ブス」のことである。 

 

正直言って、「顔面弱者」として生まれてくると、いいことなんかありませんよ。

 

学校、会社。友達関係に、恋人、結婚。

それらの在り様が、何においてもフツメン以下に劣るわけですから。

人生ハードモードが確定してます。

 

当然、ブサイクはブサイクでそれが悩みになっています。

ホント、顔さえよければ大抵のことは努力で何とかなったんですけどね。

 

これに対して、

ブサイク・ブスでいる ← 「なら、努力しろ」ってことを言われるんでしょうけど。

だが、ブサイク・ブスの度合いによっては、何をしてもキモイと言われ、周りから嫌われ、努力するだけ無駄になる可能性があります。

他の人がすることを、ブサイク・ブスが同じことをするば、悪口が当たり前に来ますから。

自分が持っている能力や仕事の出来だって、ろくに評価されません。

 

 

 

『人は外見じゃなく中身』なんて、ただの戯言

 

ネットを見てると、『人は外見じゃない。中身』という意見をよく見ます。

そりゃあ、付き合っていけば「性格」は大事ですよ。

 

でも、でも。

人が求めるものって、結局『優等』であるものなんですよね。

人の『優等』ってつまり、『見た目も性格も良い』ってことです。

 

大抵の人は、付き合う人を選ぶとき、

<選ぶなら>

努力した or 努力しなかったイケメン・美人 →→→ フツメン →→→→→→→→→

努力したブサイク・ブス  

<選ばない>

努力しなかったブサイク・ブス

 

これが基本的な構図です。

この考えに対し、卑屈になっているブサイク・ブスに、「人は外見じゃない中身だろ」「卑屈になってるのがダメなんだよ」って言ったとして、大抵の人間は努力したブサイク・ブスよりも断然イケメン・美人を選びたいはずです。

 

わかりやすい例えを言うと「合コン」。

集ったメンバーにはイケメンとブサイクが混合しています。

そうすると女性側は、100%イケメンに目が行くはずです。

誰しも、そのイケメンと付き合いたいに決まってます。 

 

この局面で、わざわざブサイクの内面を知ろうと思いますか?

 

「お前はいいよ。いらない」

そういうことでしょ。

自分が好きなイケメン・美人がそばにいるのに対し、わざわざブサイク・ブスを選ぶはずがありません。

だからブサイク・ブスは努力しようが、まずイケメン・美人には勝てません。顔が悪いままだと、何においても不利。

 

相手側が付き合うか、よく考えたうえでブサイク・ブスが選ばれるわけです。

つまりは、『妥協されて選ばれる』ということ。

『顔』は、それほど重要なんですよ。

 

 

先ほどのことは、友人関係でも当てはまります。

ブサイク・ブスが良好な友人関係を築ける確率は低いです。

ブサイク・ブスは基本的に、周りからネタにされ、笑いを取るための道具にされます。

 

見下されるし、いじめや顔のことで弄られるのが容赦なくされる。

本人の心も人生も、ボロボロになろうがお構いなし。

  

もしブサイク・ブスがこんな扱いが嫌だと感じているのなら、

もはや、この世に生まれてきたのが人生の失敗と言えるレベルです。

 

この先もその『理不尽』と戦いながら、生きていかなければいけないのですから。

 

学校生活に仕事、友人、恋人、結婚に対し幸せを見出したいと思っているブサイク・ブスにとっては、間違いなくこの世界で生きていくことは地獄ですよ。

 

もう、ただ言えることは「顔さえ良ければ、こんなことにはならなかった…」

でしょ。

 

 

まとめ 

 

また、これを見た時、的確なイラストが「まあまあ」ありました(笑)

張っておきます☟

blog.livedoor.jp

 

 

哲学とかで言われるであろう、「人の命は平等」

…なんて、ただの綺麗事。 

世の中で評価されるのは、まず『顔』。特にこの「日本」ではね。

 

最初からいい顔で生まれてくれば、顔に対して余計な悩み事はないし、自分のことを好きになれる。

そして、そんな顔立ちの人と一緒にいられる周りの人間も幸福を感じます。 

 

 

ブサイク・ブスがクラスや職場と、ある程度そこにい続けても「ぼっち」でいるのなら、もう終わり。

周りからすれば、そいつの「顔」から入って、もう価値はないんです。

いらないんです。

だからがんばった末、「引きこもり」になる確率が非常に高い。

 

ブサイク・ブスは、周りからの扱いの酷さから性格は腐っていき、そうなればそれでより嫌われます。

 

だってそうでしょ。

学校・会社と行けばそう。ブサイク・ブスのことを嫌ってたり、そいつに殺意を持ったりする人たくさんいるよ。

 

 

最初から顔がキモイ奴が生まれてこなければ、こんな悲劇も生まれないよね。

顔がキモイ奴は救われないよ。

 

 

外見がいい者は、周りから人が寄ってきていいよなあ…。【外見至高世界】

 

見た目がいい奴は、それだけで得をするよね。

イケメン・美女であれば、その辺でちゃらんぽらんしてるだけでも人が寄ってくる。

 

お金が欲しいと感じれば、すぐにバイトとかできて、欲しいものが買える。

周りに人がいるから、自分の好きなものとかすぐ共有できたりするし。

 

なによりも、自分の心のままに好きに生きられる。

人生を楽しくしようと望めば、それが叶えられるんだよね。

 

 

ペットだってそう。

外見さえよければ、それで可愛がってもらえ、大切に扱われる。

病気などになってるときは、みんなから心配してもらえる。

 

外見が可愛い動物は、愛されるんだよね。

 

 

 

じゃあ、その逆の

見た目が悪い奴は違う。

 

努力したり、人を魅了するモノを持ってなければ、信頼できる人は寄ってこない。

努力が足りてないと思われれば、すぐ「努力しろ」と言われる。人の気も知らないで。

 

また、見た目が酷すぎれば、見た目から入って嫌われ、誰からも相手にされない。

努力なんて関係ない。

ただただ、周りから「消えろ」と思われる。

死んだとしても、それさえ「ネタ」とされる。

馬鹿にされたり、見下されるのは当たり前。悪口・陰口も当たり前。

外見から入って、「ゴミ」か「クズ」扱い。

 

学生から社会人になっても、なににおいても不利。

就職活動なんて馬鹿らしい。

 

とにかく生きづらい。

生活がままならない。

 

こっちから相手に何もしてなくても、あっちから外見弱者の心も人生もボロボロにしてくる。 

 

ただただ、憎しみが募る。

 

こんな結果になって生きていくくらいなら、いっそこんな世界に生まれてこない方が幸せだよね。

 

 

よって、ブス・ブサイクは子孫なんか残すんじゃねえ。

ホントに、馬鹿だよな。

 

20歳を過ぎた自分→「今まで会ってきた生徒が今どうなってるのか、誰一人知らない…」

 

筆者こと僕は、今20代前半なんですが、

『今まで会ってきた学校の生徒たちが、今どうしてるのか?』何も知りません。

 

というのも、今の僕は『友達いない状態』なので、誰の連絡先も持っていないんです。SNSもね。

 

ちなみに僕は小中高と卒業して、専門学校まで行きました。

そこで専門学校までちゃんと卒業しています。

 

 

……なのに、

今となっては、引きこもりニートかつ、友達「0」状態。

 

友達いないですが、自分から作ろうともしていません。

だって、今ニートだし…。 金ないし…。

 

 

だから、今までの学校の生徒の現状が、何も知らないんです。

 

 

 

じゃあ、学校での僕はどんな感じかというと、

なんか見た目から入って、『面白くない・つまらないヤツ』と見下されてたので、

今まで良好な友達関係を築いたことがないんです。

スクールカーストの上位であるヤツらからは、あからさまに馬鹿にされてきました。

 

 

小中学校まではまだ、声をかけてもらったり一緒に遊ぶこともあったんですが、

高校からはそれがなくなり、専門学校にいたっては、ほぼ自分が学校にいる意味がない状態でした。

 

つまり「ボッチ」。

 

それプラス、自分の見た目が嫌いだったので、自身も持てず、声をかけることができませんでした。

声かけたり話したりしても、相手が自分のことどう思ってるのか考えてしまって、怖くて退いちゃうんです。

 

だから、軽く「対人恐怖症」であります。

 

 

それらの経緯から、今までの生徒のこと知ろうともしていません。

どこかで会ったとしても、他人のふりをすると思います。それか無視。

 

 

でも、相手は僕のこと、どう思ってるんでしょうね?

 

「もう死んだんじゃね?」と思ってるヤツが、絶対いると思う…。

 

 

俺も今となってはお前らのこと、どうでもいいから(笑) 

お前の「幸せ」とか、ホントどうでもいい。