20歳を超えて、『成長』することはなくなった。

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    (2019年7月に書いたの記事です)

こんにちは、HAMARUといいます。

半ば、愚痴である記事です。

 

 

 

はじめに

 

僕自身、今は22歳になって、

ここ何か月は同じようなことを、日々繰り返している現状です。それは、この先でも同じことなんですが…。

 

 

それで、気づけば20歳を超えてからなんですが――、

「成長することがなくなったよなぁ…」

と感じるようになりました。

10代の頃の僕は、実は夢に向かって期待を膨らませていたんです!

 

でも成人を迎えて、それと同時に『自分の現実』を知って夢を諦めました。

大きな目標の柱がなくなったので、大人しく過ごす感じになりました。

 

それで、打算的で現実的な考えを日々考え込むようになって、

結果、『家の中でほぼ引きこもっている』

てことになりました。

 

それは、今後もそんな感じでいるかもしれません。 あくまで今の予想なので、先のことはわからないですが。

 

 

 

自分が「成長」する必要性があるか?

 

そもそもの話、

何に向かって「成長」するべきなのかわかりません。

 

僕自身に「目標」はあっても、別段、自分の成長まではする必要性がないんですよね…。

そしてこれは、仮に就職をしたとしても同じことだと思います。

 

 

もともと、人と関わるのが嫌いな僕なので、人の中にいれば「自分を磨く」ことができるというわけではありません。

 

人柄が良くないと、だれにも相手にされないのですし、「疎外感」や「孤独感」を植え付けられるばかりです。

 

そこに、いてもいなくてもどうでもいい奴は、いなくても何も問題ないのですから、そこまで『誰かのために頑張るような自分』でいる必要性もないというわけなんです。

 

 

「それでいいのか!?」 と思うかもしれませんが、

先ほどの話から、

『成長することがなくなった』 → 『大人になったんだから、このままじゃいけない』 → 『でも、自分が成長しようとすることは意味ない』

 

を頭の中でループしているので、『代わり映えのない自分』が完成しているのです。

実際、どうでもいいと思える奴は、どうしたって「どうでもいい」のです。

 

 

 

『成長』って――?

 

考えてみると、「成長」ってなんなんだろう?

 

人間が最も成長する時期って、「10代」ですよね。大人に向かっての、体も精神もいろいろ複雑なことになります。

 

それと、哲学的には「人間は成長し続ける生き物だ」とも言われています。

これに対しては、聞こえがいいです。

ですが、そもそも「成長」って、どういうことを言うんですか?

 

「人間の成長とは、こういうことを言うんだ」

と、あなたは具体的に答えられますか?

僕は無理です。

 

子供の時は、大人をどう思っていたのかは、僕はあまり覚えていません。

たぶん、理想像があったんだと思います。自分もいつかはこういう人になるんだと――。

 

でも、いざ20歳を超えて、いろいろこの世の中の現実を知って、

いろんなことがウザったく思えるようになりました。 (←20を越えるまでは、こんなこと思っていなかったのに!?)

世の中で、良いとされていることも、悪いこともです。

 

自分が「良い」と思ったことが、本当に良いことであるとは限らないし、反対に悪いことはいつまでたっても、この世にあり続けているし、また、悪事をやった本人たちに適切な制裁が下ることがないことも多いです。

 

正直こんな世界に、自分がどう成長するべきであるのか、訳が分からなくなりました。

自分の先の未来が全くイメージできません。しかも、想像してみるのも怖いです…。

 

これが、自分が「成長する必要がない」と思える要因の一つです。

 

そしてこの後、こういうヤツは成長できないを、愚痴ります。

 

 

 

「能力」よりも、「容姿」が優先

 

これはもう、社会人の人ならとっくにわかっていることでしょうね。 

そう、人間にとって最も重要であるのは、「見た目」です。

 

その人が、いくら努力を積み重ねてきたとしても、見た目がアウトとなると中身まで見てもらえません。

最悪、「笑い者」か「邪魔者」扱いです。

 

自分に対して、周りの環境や相手の態度が悪いと、何のために頑張ってるのか、何のために生きているのかわからなくなりますよね?

これだと、自分の成長がどうのこうのという問題ではありません。

 

存在が邪魔に思われたら、もう自分を高めようという気持ちもやる気も阻害されて、ひどく落ち込んでいくようになります。

 

もちろん、ここで卑屈になってしまうのは、より状況を悪化させてしまいますが、ひとりの人間ですから、卑屈にならないようポジティブでいるのにも限界があります。だから性格がゆがんでいくんですよね。

 

容姿が悪いと虐げられるのは、この世界では日常茶飯事であるのは事実ですし、またそいつの性格を悪くさせる拍車をかけているのも、周りの人間であることも事実です。

 

 

 

何をするにもお金が必要

 

もし、「自分を高めた!」「勉学に励みたい!」と思っているなら、そうするためには、まず何が必要かわかりますか?

 

そう「お金」です。

お金があってこそ、より良い自分に必要なものをそろえることができるのです。

 

先ほど、「見た目」について書きました。じゃあ見た目を良くしたく考え始めたとしても、「もの」がなければ容姿を良くすることはできませんよね。

見た目がいい人って、その分容姿のためにお金をつぎ込んでいます。じゃあ、逆にお金に余裕がなければ、見た目がいい人ほどに、容姿を良くすることができません。

貧乏でいたら、なおさら良くすることなんてできません。

 

それと同じように結局、お金があるほどに自分のために、よりよい環境や経験を積み重ねることができるのです。

お金が無い人はできることが限られます。

まずは生活ができるように、お金を稼がなければなりません。自分のやりたいことは後回しです。

その間にも、お金のある者はいろんな経験ができているわけです。

 

この時点で、人としての価値観に差ができてしまいます。

 

結果、お金がある方がイイ思いがたくさんできて、心に余裕ができるのです。望めば自分の世界を広げることだってできます。

お金が無いものは、指をくわえながらそれを見ていることしかできません。

 

これが現実です。

 

 

 

おわりに

 

大人になってから、世の中の嫌な部分ばかりが目に付くようになって、気が滅入ることが多くなりました。

 

ですが僕自身、なんだかんだ言っても今の生活はそこそこ充実している方です。

でも、このままでいいのかという不安は、いつまでも憑りついていますけどね…。

 

 

結局、自分への「成長」とは、どういうものなのかわからずじまいですけど、この先で見つけるかもしれません。わからずに諦めるかもしれません。

 

せめて、自分自身を高められなくても、生活は苦しくならないように仕向けたいです!

 (←今後も目標)